学生ばかり勉強するのはフェアじゃない

常々思っています。
「学生ばかりが勉強するのはフェアじゃない」
って。
どういう事かもう少し詳しく書いていきたいと思います。

何で宿題を生徒だけ出されるのか

授業の終わりに宿題が出たりしますよね。
生徒だけ一方的に。
フェアじゃないなと思ったりするわけです。

講師、教師、先生という役は、模範であるべきだと思っています。
模範を示し、常に研鑽しているから、それを見習ってくれるんだと思います。

なにも毎回毎回特別な自分への宿題を授業の度に用意しなくても良いと思うんです。
「あの先生、普段何しているんだろ?遊んでるだけかな?」
と思われてしまったら、宿題等出してもやってもらえるわけないと思うんですよね。

私は塾で生徒様にたまに宿題をもらうことがあります。
その宿題には絶対に取り組んで、それを報告する事を楽しみにしていましたね。
それがどれほど影響できていたのかわかりませんが・・・。

何で生徒だけ試験を受け、評価されるのか

学校の試験の目的は3つあると思っています。

  1. 生徒が科目に対する自分の理解度を「確認する」
  2. 公平な評価をつけるため、定量的な評価を「作る」
  3. 生徒が授業の内容を理解して「くれていたか」測る

1つめは生徒様目線としては一番重要なところだと思います。
試験の結果から何がわかっていて、何がわかっていなかったか知ることができます。
普段の勉強でも試験問題の形で確認をしていれば、敢えて試験するまでも無いかもしれません。

2つめはどうしても「先生の気分」で評価を作るわけにはいきません。
誰の目から見ても優劣が付けられるのが試験の点数になります。
(内申書には関心意欲態度として、提出物なども誰の目から見てもわかる評価の基準になります)
これをしないと、贔屓と言われてしまいますからね。

3つめは教師の立場からすると一番重要な視点になると思います。
恐らく多くの教師の方は、自分の受け持っている生徒の成績が気になるはずです。
問題の間違いに偏りがあって、
「自分のここが教え方が悪かったから改善しないと」
という評価ができます。

学校の教育現場に在籍したことは無いので正しくはわかりません。
この3つめの評価はその教師の評価として考慮されているのでしょうか?
社会人が仕事をする上で、何か定量的に評価されるのは、当たり前のようにされていると思います。
もしされていないのであれば、フェアじゃないなと思います。
次もこの点に関連するので続きます。

何で生徒だけ評価されるのか

先の話は試験の結果だけですが、授業も同じです。
私の中学生の頃の先生が、授業の評価をまともにされていたのか疑問です。
もちろん頑張って指導されている先生が大多数だと思います。

ある男性教師は授業中に黒板に
「教科書P●●~P○○」
と記し、自分が顧問の女子生徒に肩を揉ませ、寝ていました。
テスト前にテストの範囲だけ、
「ここ出すから」「これ出すから」
とテストに出す部分だけを口にするだけでした。
何でこれが大事にならないのか、不思議でなりませんでしたね。

教師は生徒の成績を一定の評価基準を定めて評価しますよね。
生徒からも先生の評価をしないのはフェアじゃないのではないかなと思っています。

セミナーを受講すれば当たり前のようにアンケートがあります。
学校で先生の教え方がうまかったかどうかのアンケートは私は記憶にないんですよね。
何で取らないのか、取ろうとしないのか、取らせようとしないのか。
ルールで取ってはいけないと決まっていたりするのでしょうか?

でも、アンケートを取ることを導入し始めているところもあるそうです。
賛否両論あるようですが。

何で家で生徒だけ勉強するのか

「家で頑張って勉強しようと思ったけど、家族がドラマを見ていたのでつい見てしまった。」
という話はよく目にします。
これって生徒様だけに非があると私は思えません。

勉強をやりたくないタイミングで
「勉強やりなさい!」
と言われても勉強やるわけがないのです。
隣の部屋でテレビと笑い声が四六時中聞こえてきたら尚更です。
「何で自分だけ」
と当たり前のように思うんじゃないですかね?

逆にご両親や祖父母様が一生懸命資格試験の勉強なんてしていたら、
「何やってるの?」
ってなりますよね。
「資格試験のために勉強しているんだよ」
という姿を常に見続けていたら、生徒様にも違った価値観が生まれると思います。
資格試験は極端かもしれませんが、料理でも、読書でも、将棋でもいいと思います。
真剣に、でも楽しそうに、何かを「頭を使いながら」行っている姿を見せる。
家では普段できない勉強をするもんなんだってなると思いますよ。
極端な例ですけど。

「塾の自習室だと勉強できる」
「落ち着いたカフェだと勉強できる」
というのも、周りが勉強しているので、
「自分もやらなきゃ!」
って自然と思えるからだと思います。

とはいえ娯楽も必要でしょう。
「家族みんなの」ルールを決めて、みんなで守るのが大切だと思います。

終わりに

求めるのであれば示すのが教育なんじゃないかなって思います。
「最高の教材を目指す塾長」
はそういう事を考えての、私のポリシーなわけです。

余談

これは何も勉強だけじゃない話です。
部活の先輩と後輩の関係もそうです。
会社の上司と部下の関係もそうです。

師が師であるからこそ、弟は弟であれるんだと思います。

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